2018年4月10日火曜日

伯爵夫人のマナーブック「装いの掟」

イラストは、小川けんいち画伯
Instagram@ kenichi_ogawa

 前回に引き続き、以前別の媒体で掲載された「伯爵夫人のマナーブック」というコミカルな指南書を、隔週にて、エトランゼ♪ブログで再放送しております。
フランスのコンテスと日本人嫁のやり取りを通して上流階級のエチケットについてご指導してもらおう、という趣旨の文章です。100%フィクションです・
お時間あるときにでも!

******************

前回のソワレについての手ほどきでも見られるように、装いに関してカジュアル化が進んでいるフランスです。
 では現代において装いのプロトコールはないのか? とコンテスに聞いたところ、
 「いいえ、あります」 ときっぱり!
 コンテスは年甲斐もなく、ミニスカートははくし、遊び心満載なファッションも好きだし、年相応、もしくはTPOという語彙は「コンテスの辞書にはな~い! 」のだろう、と思っていたから、この返答には内心びっくり。
 「では、どのような決まりでしょう?」
と問うと、一言、
 「貧乏くさくない格好」
という、実に高飛車かつ明快な回答を頂きました。
 そう言われればコンテスは、「遊び心」を纏わないときは、シャネルスーツや色鮮やかな服を好み、カバンはプラダやエルメスなど高級品ということが一目瞭然の物を持ちます。そしてその上、「肩、凝らないかしら」と思うほどたくさんのジュエリーを細い首に巻き付け、指には華奢な手に不釣り合いなほど大きな石の指輪を何個も付けます。地味好きな私は、正直「やり過ぎ」と思っていました。

見掛けで判断するフランス人
 そんな疑問を投げかけると、義母は急にコンテス顔になり、
「アナタね、『人は見掛けによる』といってね、外見が大切なの。社交の場では、見下されることがないよう、誰が見ても高級品と分かるものを着るべきです」
と言うのです。
「で、でも、お義母さま、日本には清貧が美徳とされていましてね……」
などと口答えすると、
「『清貧』? フランスにもあったわねぇ、そういう言葉。まっ、心の中に秘めていればよござます」
と先人の知恵をあっさり切り捨てます。
「で、でもですね、私の育った東京には『江戸っ子』文化というのがあって、これ見よがしなのは『野暮』って言ってですね、どういうことかというと……」
と食い下がろうものなら、
「アナタはいつも何が言いたいのか分かりません! さぁ、ワードローブ、そして持っている限りのジュエリーをお見せなさい!」
……ってなもんで、私の趣向などお構いなしです。

大和男子たちよ、目標とすべきはチャールズ皇太子ですと
 愚痴はこのくらいにして、まず「装いの掟、服装編」、行きましょうか。
 コンテスの毒舌名言を引き続きシェアさせて頂きますと、

 一つ、「ドレスアップ、アップし過ぎることはない」.
 「アナタねぇ、『着崩す』というのはワタクシくらい歳と経験を重ね、Savoir Vivre(サヴォア・ヴィーヴル、マナーや生活美の知識)を理解する粋人だけの特権ですよ。アナタのような(と見下した視線を向け)のは、ちょっと堅苦しい、やり過ぎくらいの方が無難です」 というのです。
 例えば、昨今のレセプション・パーティなどでは、フラットシューズやサンダル履きの人、またジャケットを着用しない人も見掛けます。
 でもコンテスは、「ヒールを履きなさい、スーツを着なさい」 と言います。気を抜いてはダメ、ということのようです。

 また、男性に関しては、スーツ姿の日本男子を見掛けるたびに
 「アナタの国には仕立て屋がいないの? 」
と辛辣に批判します。
 曰く、「目標は高く、チャールズ皇太子を目指すべき」
とのことです。
「男性たるもの、チャールズ皇太子のように身体にフィットしたスーツ、品のあるネクタイに投資すべき。男性は、装いで目を引くべきではない、自分が醸し出すオーラ、存在感で注目されるべき。ですから、洋服が目立たず、自分が引き立つようなしっかりした仕立て、そしてシックな色を選ぶべきです。その点、チャールズは(と殿下を呼び捨てするコンテス)完璧ざます。いつもジャケットがしんなりとフィットしていて、ネクタイなんて、どんなのをしているか、思い出せないでしょう? でも改めて見てみると、実に粋な色、柄なんですよ。日本男子の『あ、アルマーニが歩いている』『エルメスのネクタイが踊っている』というは失格も失格、大失格です!」
というのがラ・コンテスのご意見です。

 あと、そうそう! 忘れてはならないのが靴。コンテス曰く、日本の女性は歩き方で分かるとのことです。上手に歩けないのなら、無理してピン・ヒールやファッション最先端に走らなくてよいから、「自然に歩ける靴、そして足元を目立たせない靴を選びなさい」 とのこと。「注目されるべきはアナタの顔でしょ? 靴が目立つのはそれこそ野暮」、だそうです。

 また男性は逆に、歩きやすさ重視の靴を選ぶ傾向があるけれど、
「目標はチャールズ皇太子であることを忘れてはいけません。少なくとも一足は質の良い革靴に投資すること。そして出掛ける前に磨くこと!」ですって。
読んでいるだけで靴擦れしそう?
まだまだ続きますよ~。

ジュエリーの掟
 お次はジュエリー。
 平民も平民、ド平民出身のワタシ、当然大したジュエリーは持っていません。
 その中で、唯一の宝物は日本が誇る養殖真珠のネックレスでした。
 それを見てコンテスは、
 「あら、よく光るわね。……でも粒が小さいこと! 」
とのたまいます。
 コンテスいわく、宝石類はある程度のクオリティーをクリアしていれば、あとはサイズがモノを言う、というのです。コンテスの南洋真珠、確かに粒は大きい。でも、もしかしたら値段は私のとそう変わらないのかもしれません。


 「いい? どんなに高品質なダイヤでも、くずダイヤは『くず』なのよ」
乱暴な発言を続けるコンテス。
 ふとご本人の指を見ると、
すさまじい大きさのダイヤの指輪を着けています。目が離せないでいる私の様子に、
「これ、すごいでしょう? 何カラットあると思う?」
といたずらっぽく微笑みます。
「見当もつきません」と降参すると
「アッハッハー! 」
と水戸黄門のように笑うコンテス。
「これ、ジルコニア(人工ダイヤ)よ! 」だって!
唖然とする私に、
「こんなの本物のはずないの、識者には一目瞭然よ。遊び心ってやつね。でも華やかでいいでしょう? この小指のはもちろん、本物のサファイアよ。このルビーもね。この本物の方はカジュアルに重ねて小指に着ける、これが粋なのよ」
とコンテスのか細い小指が隠れそうな大粒のサファイアとルビーを見せます。
そ、そんな、重ねてつけて傷はつかないのだろうか、と心配する平民の私。
 「いいこと、どんなに高級な宝石でも、人に見てもらわなければ意味なーし! 」
 ハハーッ、コンテス様! とひれ伏したくなる私なのです。

見せ所は見せる!
 そしてコンテスは続けます。
 「アナタはねぇ、もっとデコルテの服を着て、鎖骨付近にぶら下がるペンダントをすべき」
 え~ぇ! 私、貧相な胸だし、そんなの、首元がスースーして風邪引きそう、と拒否すると、
 「アナタね、他に何をアピールしたいの? (と頭のてっぺんから足元までじろり)足がきれいな人は足を見せる(この日もコンテスはミニスカです)、首がきれいな人は髪をアップにまとめてうなじを見せる、グラマーな人はボディーコンシャスな服を着る。そういうものです」
 コンテスいわく、アジアの女性は肌がきれいなのだからそれを見せるべきだ、と言うのです。
 確かにねぇ、地中海焼けしてソバカスが目立つフランス人よりはシミも少ないかな。

いざ実践!
 さて、コンテスに言われた通り実践してみると、悔しいかな、どんな場面でも安心して振る舞える自分に気付きます。早速コンテスに「行ってらっしゃい~」と背中を押されながら、例のレセプション・パーティに行ってきたのです。初めて会う方と「ボンソワール、マダム」とあいさつを交わすと……そう言えば、 「初対面のときの挨拶は、『Enchante アンシャンテ、はじめまして』という」、と語学本にありますが、コンテスによると、それは「庶民の習慣です。アンシャンテなんて田舎くさいことは言わなくてよろしい。 Bonsoir Madame, Monsieurだけでよし! 」とのことです。
 ……さて、元に戻りますね。
 レセプション・パーティ、他の出席者とご挨拶を交わしたら、毎度がごとく、皆さん、私の頭から爪先まで鷲のような目でCTスキャンをかけてきます。これが結構露骨なのです。
 でも、もう私は揺るがない。
 一張羅のスーツに、これしか持っていないハイヒール、そして鎖骨にぶら下がるは一粒だけど大粒真珠。指には「給料3カ月分」のエンゲージリングをつけ、腕には若いころの病で買ったブランド・バックで鎧を固めていますもの。ええぃ、どうだ!
 お、どうやら無事マダム達のご承認を受けたようです。皆さん私を見る目線が柔らかくなりましたもの。
 そして少し話をしたところで、
 「あぁ、アナタ、マダム・ラ・コンテスの義理の娘さんなのね、やっぱり!」
 やっぱり?

 これはどう受け止めたらよいのでしょうか?! フクザツです。

2018年3月27日火曜日

伯爵夫人のマナーブック、ソワレの掟

イラストは、小川けんいち画伯
Instagram@ kenichi_ogawa

唐突に、伯爵夫人??と驚かせてしまいましたでしょうか。
時折、昔書いた文章を再掲載することにしました。
フランス上流階級のサヴォア・フェールについて書いたものです。
いつもの「エトランゼ」と異なった文調ですが、お時間あるときにでもご笑読くださいませ。

1 ソワレの掟

 フランスに来て10年以上経ちますが、いまだに苦手なのはソワレというやつです。 最近では、日本の雑誌などにあるローブ・デコルテを着るようなクラシックなソワレは少なく、女性は膝丈のワンピースとかシャネルスーツのような少しデコラティブなツーピース、男性はビジネススーツにて歓談を楽しむカクテル・パーティーが主流です。義母(以下コンテス)曰く、最早ロングドレスを着て、ワルツを踊るソワレは「デモデ(demode、流行遅れ)」とか。

 このようにカジュアル化している昨今のソワレですが、それでもやはり気が重い。
 なぜか。

ソワレは宵っ張り
 まず、パリのソワレは始まりが夜9時ごろなのでお開きになるのも遅い。大抵、真夜中過ぎまで続きます。
 昔のように仕事はせず、資産に頼って暮らしていたころはこれでよかったのでしょうが、今や旧貴族たちも普通のサラリーマンがほとんど。翌日を思うとつらい!
 せめて金曜の夜ならよいのですが、このソサエティーの多くは、金曜の夜から田舎のウィークエンド用の邸宅に向かうので、ソワレは得てして週の中盤に開かれるのです。


社交下手なフランス人
 夜が遅いのは辛いけど、これくらいはしょうがない。
 ソワレで何が最も辛いかといえば、社交です!
 フランスは社交の国と思われている節がありますが、実はフランス人って社交下手! 仕事やPTAの集まりなどで、普段顔を合わせることのない人も集うような場、ネットワークを広げるような場でも、フランス人は知っている者同士で固まっていることが多いのです。そして旧貴族層ではこの傾向がさらに強い。見知らぬ人に対して警戒心が強いのか、人見知りするのか、それともただ単に好奇心が弱いのか……。
 パーティというのは新しき出会いを楽しむ場。アメリカ人みたいに気軽に話し掛け、気の利いたジョークを飛ばして、「お会いできて良かったわ、またね」とさらっと去る、というのがスマートだと思うのですが、旧貴族層のソワレはこういったパーティとは勝手が違うよう。ソワレは旧知の仲間が集まる場であり、私のような一見さんプラス外国人には興味はなく……いや、実は興味津々なのかもしれませんが、そういう素振りは見せない、ひどい時は、見下したようにじろじろ見られることすらあります。

面倒見の悪いフランス人
 
 そして、こういうソワレの主催者であるホスト・ホステスも面倒見が悪いことが多いと来ます。
 大概、ソワレの会場宅に到着し、玄関で手土産などを渡しつつ、
Bonsoir Madame(今晩は)」「Ca va? (元気? )」
とか、
「久しぶりね」「Entrez(どうぞ中へ)」
とか、短いあいさつを交わすでしょ。すると、その後はもうお構いなしなのです。
 これがアメリカ人だと、「ほら、あなたにこの方を紹介したかったのよ! 」と一見さんを人の輪に押し込んでくれたりするけれど、フランス式ソワレではそういうことない。客は自らサロンに進み、先客の中に知った顔を見つけ、その輪に加わっていく・・・・・・。たくさん人を知っている人は社交上手として崇められ(=コンテス)、そうでない新参者で言葉もままならない私は、一人所在なく佇むことになるという……。

それでも社交を試みる
 そして、こんな風に壁の花となっているところをコンテスに見つかろうものなら! こういうソーシャル・クラスは家族ぐるみの付き合いが多く、ソワレでコンテスに遭遇しないことの方が少ないのです。

コンテス
「アナタ、何しているの? (と言いながら、目は私の装いチェックをしています。カジュアルすぎる格好だったり、ジュエリーを忘れた日にゃその場で容赦なく、そして厳しく批判されます)ソワレは社交するところよ」
で、でも」
コンテス
「ぼーっと一人で突っ立っていたらみっともないでしょ」
「はぁ」
コンテス
「あぁもう! いらっしゃい!」
と、イライラを前面に出して、私の手を引っ張り、独り幸せそうにシャンパンをすすっているおじいさまのところなどに私を差し出します。
コンテス
「アンリ、あなた日本に行ったことあるって言ってたわね」
アンリさん
「おお、君かい、久しぶりだね。おお、この愛らしいマダムはどなたかね? 君の義理のお嬢さん? なるほど。日本からからきたのだね。ウイー、わしゃ天皇ヒロヒトに会ったことがあるぞ」
とか言いながら、ベーズマン(baise-main)という、よく映画などで騎士が女王様の手の甲にキスする、アレをしてくださいます。

 このベーズマン、相手が頭を下げると私などは反射的にお辞儀を返したくなるのですが、そのせいで何度コンテスに足を蹴られたことか。コンテスいわく、そんなにぺこぺこせず、女性は堂々と自然体でいればいいとのこと。そうは言っても、もう頭下げるのは習慣ですからねぇ。
 また、このように初めて会う方だと、相手の爵位が分からず困りそうでしょ? 皆さん顔に、「伯爵」とか「男爵」とか書いてあるわけではありませんからね。でもそんなに心配しなくても良いのです。対面しての呼びかけ方は、Duc(公爵)は「Monsieur le Duc/Madame la Duchesse」、それ以下はComte(伯爵)でもBaron(男爵)でもMonsieur(ムッシュー)、その夫人らはMadame(マダム)でよし。広いフランス、星の数ほどいる貴族の中で、Duc/Duchesse(公爵、公爵夫人)の爵位を持つ方は実に限られているので、多くの場合は、ムッシュ、マダムでOKなのです。
 ほかは、と。そうですね、海外に住む方でしたら、外交官への呼び方は知っていた方がいいかな? 「Monsieur/Madame lAmbassadeur」となります。
 文書においては別の決まりがありますが、それはまた追々。聖職者に対してはまた別の決まりがありますが、まぁ、これもここではいいでしょう。

ソワレでの孤独対策
 さて、もしソワレで独りぼっちになってしまったら、どうするか。私が今までにやったことがあるのは、

     あまりにも手持ち無沙汰で身の置き場に困ったときは、そっと外に出て散歩をし、20分に一回ほど、会場に顔を出す。結構誰も気付かないものです。外に出てみると、何人かの招待客が同様に外に出て、携帯いじっていたり、タバコ吸っていたりするので、社交が苦手なのは私だけではないんだな、とほっとしましたっけ。
……でもちょっと内向的すぎるかしらね、こんなアドバイス。

② そうでなければ、自分と同様に独りぼっちの人を見つけ話し掛ける。私のようにフランス語が苦手な方でしたら、狙い目はアラフォー、アラフィフ世代です。この世代でしたらフランス語・英語ちゃんぽんの会話でも何とかついてきてくれます。

③ 食い気に走る。……なんて、これはもちろんX! オードブルなどは薦められたら1つだけ取る。その際はカクテル・ナプキンを添えて、ね。
  また、飲み物、特にアルコール類は、女性自ら注がない、求めないという前時代のルールがいまだに生きいます。何か飲みたいときは、パートナーにお願いして持ってきてもらうか、ボーイさんに目配せを送り、シャンパンを持ってこさせます!
ええい、お代わりじゃ!

立つ鳥跡を濁さず
 さて、先刻のアンリさんと昭和天皇について話しながら、心の中では「あぁ、帰りたい」とひたすら願う私なのですが、ぐっと我慢です。パーティーブレーカーとなることは無礼とされていますからね。帰るときはそーっと、そーっと。……そうですね、お客さんが3人ほど帰ったころが行動開始の目安でしょうか。この帰り支度は、ムササビのようにさささっと動くことがキーです。
 まず主催者が1人でいる瞬間を狙い、「お招きありがとうございます」とお礼を伝え、知人らには静かに「おやすみ」を告げ、そそくさと立ち去る。素早くしないと、もうあちらこちらで取り留めのない話に巻き込まれ、その上コンテスにつかまったりしたら大変ですからね。

そして〆は
 まだ終わりではないですよ。翌日には主催者への御礼状をお忘れなく。メールじゃだめ? もし親しい仲で、メールにて招待されたのならいいかもしれませんが、目上の方や、書面にて招待状をいただいたのならこちらも文書で返事しましょう。書き方? それはまた今度にしましょうか。

 初回から肩凝りましたね。お疲れ様でした!

アンコール! 伯爵夫人のマナーブック プレリュード

イラストは、小川けんいち画伯です。
小川さんのイラストは技巧的に秀逸しているだけでなく、
愛や優しさを感じるんだなぁ。
Instagram@ kenichi_ogawa
皆様、突然の伯爵夫人の登場に驚かれたことでしょう。

これを書いていたのは、何年前になるのかしら。五年前に買ったノートパソコンが一杯一杯になってきたので整理していたら、原稿が出てきました。
このままだとなくしてしまいそうので、これからこちらエトランゼ・ブログにて毎週(国会ニュースが飛び込んできたときは隔週)火曜日に「再放送」することにしました。

この「伯爵夫人のマナーブック」は、東京の片隅で育ったフツーの現代人である私が、ひょんな縁でフランスの旧家出身の夫と恋に落ち、ただでさえプロトコールだらけのフランスで、さらに「伯爵家のマナー」を義母にたたき込まれることとなった、とそういうプロットで書きました。

でもこれはもちろん、盛りに盛っていて、実話ではありません。フィクションですので、どうぞご安心してお読みくださいませ。
現代のコンテスはまさにこう。

本物の義母は、確かに、姿・声・歩き方、どれ1つとっても絵に描いたような「La Comtesseラ・コンテス」で、「うわあ」って感じですが、一方で、とても優しくてオープン・マインドな方です。
ではいざ、気を引き締めて参りましょうか・・・・・・と思いましたが、長くなったので一端切ります。

第一弾は、社交、ソワレの掟です!


2018年3月20日火曜日

リセットの春

それでも春は来る

残雪が光る今朝のベルサイユです。

春分の日まであと少しだというのに、先週末は雪が降りました。
東京、横浜はいかがでしょう。
この冬は、パリ/ベルサイユと東京/横浜の天気が面白いほど似ていて、あちらが寒波だと聞くと、こっちも来るな、と覚悟し、こっちが雪だと、「そっちも降るかもよ」と東京にいる母に警告しています。


先週まではこんなに春爛漫でした

最近、わが家の話題といえば、家のリフォームです。
ボロボロの家に住んでいるのですが、今年は思い切って大改造をすることにしました。
フランスでは、日本のように建て替えることは稀で、古い家をリフォームして住み続けるのがスタンダードです。
よってデマンドは高いのに、それでもリフォーム業者は切磋琢磨せず、サービスはすこぶる悪い。昔からの職人など滅多にいなく、訓練されていない人ばかり。「お金だけ貰ったらトンズラした」「間違った資材を使われた」などなど、恐ろしい体験談をよく聞きます。

日本であれば、多分二、三か月で終わる工事なのでしょうが、
ここはフランス。倍くらいかな、と思いきや、
「半年? マダム、ご冗談でしょう。一年は見た方がいいですよ」
とは、建築家さん。鼻高々に笑顔でそう通達されて、私は一瞬気絶するかと思いました。


リフォームしたらこうなる予定。
私の妄想で終わりませぬよう…・

これは一つの例でして、
フランスで暮らしていると、こんな感じで、コトが進まない、予定が立てられない、思い通りにならないことばかりです。仕事でも、銀行でも、学校でもそう。
「では、近日中にご連絡しますので」
と言われて電話が掛かってきたためしがありません。
いつもこちらからプッシュしないとことが運ばない。こちらがお金を払う側なのに、でもです。
コミュニケーションもほころびだらけで、正確なところが分からず終いなことが多い。

そんな日々が続くと、時々倦怠感のようなものに襲われます。
落ち込んだときは、このドリームハウスの写真をみます。
昨年の夏訪れた、中禅寺湖畔にある旧イタリア大使別荘
人と言うものは、心のどこかで新しい展開を望んでいるところがある。
家のリノベーションや引っ越しというのもそうだし、転職もそう。もっと気軽なところでは、旅に出るとか、新しい本を読むとかもそう。

私の憂鬱の理由の一つは、フランスでは、こういう新しい展開が展開されないところ!仕事を探すにも、社会システムがためにポストが少ない。引っ越しするにも、これ、という物件が少ないこと! 家の売買に伴う手続きとコストがために余程のことがないと踏み切れないようです。本だって、新しいものにチャレンジしてイマイチだったことが続きすぎて、勇気が出ずにいます。旅に出るには拘束が多いし・・・・・・。

愚痴が多いですって? そう、憂鬱のもう一つ大きな理由は、アラフィフという年齢でもあるのだと思う。
能天気に、ずっとずっと夢見がちに生きてきたけれど、もうすぐお年寄りになってしまう。それなのに何も成し遂げられていないと言う衝撃の現実。参ったなぁ。落ち込むなぁ、という......。これが色々なことをポジティブに流せない理由の根底にあるのかも。

でも、ね。Life goes on ですからね。
時には憂鬱を受け入れてあげることも大切だけど、そろそろリセット。

一日一日一喜一憂、二歩進んだと思ったら一歩下がる、
そういうものだと腹をくくって淡々と暮らすしかないんだな、という、覚悟のようなものが出来つつあるこの頃。

ついでに。
これはドリーム邸宅の縁側から見える中禅寺湖
ため息……
日本でも不動に見えた政権がようやく揺らいできましたし、腐敗していると思ったメディアもゾンビのように生き返ってきましたし、待っていれば、コトは起きる。

私も大人ですから、がっかりシリーズなどにマケズ、ジッと待てというのであればキれずに待とうじゃありませんか。

雪を被っても、明日はきっとまたふんわりと咲き続けるだろう野花のように、むんずと踏ん張って、毎日リセット、毎日再スタート。

皆様も、季節の変わり目、どうぞご自愛くださいませ。
また行きます!





2018年2月3日土曜日

私の一月


年初の、田舎の朝日です
La vie en rose、薔薇色の2018年でありますように。
2018年初のブログが、2月にずれ込んでしまいました。
こんなだらしない私ですが、本年度も何卒ご贔屓にお願いいたします。



この一月を振り返ると、「再会の一月」だったように思われます。

まず元旦翌日の二日には、横浜時代の知人夫婦とベルサイユで再会しました。
温かくてフェアで誠実なミスター・へイグは兄猿の5年生の時の担任でした。
その奥様、ジャネットは、横浜で二年間に渡って、柔軟性や身体能力が欠けている私にプレッシャーを掛けることなくヨガを教えて下さった方。
イギリス帰省中に、Mr. へイグからジャネットへの誕生日プレゼントとしてパリへの小旅行をアレンジされたんですって。素敵じゃありませんか!

どちらも大好きな方でしたが、個人的なお付き合いがなかったので、横浜を去ってしまったらお会い出来ないもの、と思っていました。

それが、こうしてまた会えた! 
このことは、何というのでしょう、運命に対して自信のようなものを抱かせてくれました。
「好きな人とは、また会えるもんなんだ!」、みたいな。
どれ、縁とか、絆を信じてみよう、という気持ちになれますね、こういうことがあると!

ベルサイユ庭園の運河沿いをご一緒に散策しました。
この日は寒かった!

こうして幸先良く2018年が始まり、翌日には家族4人、久々にユーロスターに乗ってロンドンへ小旅行に出ました。
そうそう、このユーロスターの出発時に、北駅で、またMr.へイグ夫妻に会ったのですよ。すごーい人混みで、電車も彼らは一時間後の出発だったのに! 
私はすごく驚いたけど、兄猿は、まるで当たり前のように、「ママ、ミスター・へイグが手振ってる」と、普通に手を振り返している。「何でそんなに平常心なの?普段は横浜に住んでいる方達よ」と肩を揺すりたくなる私に、「だってまた会えると思ってたから」と応える兄猿。彼の太々しいまでの楽観的思考に、またまた驚いた母猿でした。

さて、ロンドン。
一二年ぶりかな、ロンドン、と思っていたのですが、よく考えてみたら4年ぶり。間に二年の横浜が入っていますからね。
ロンドンの中心部はアラブ色が強くなっていて驚きました。カタールが投資していると聞いていたけれど、ここまでとは。ハロッズには、金銀の鷲のオブジェとか、馬のクリスタルといった、カタール人好みのものばかり。私はロイヤル・スポードが見たかったんだけど……。

リージェント通りのストリート・イリュミネーション
本当に天使が飛んでいるみたいでした!

ロンドンでは、まず初日に、私達が14年前に結婚式を挙げたロンドン・オラトリーにて、わが家のファミリー・ドクターならぬ、ファミリー神父様、ファーザー・パトリックと再会しました。

時や距離の感覚が実感持てないときがある私。高校時代が昨日のことのようだったり、日本がすごく近くに感じられたりすることがある。今回も、Frパトリックには出発前々日に、さらーっと、まるでオラトリーの向かいのフラットに住んでいた頃のような感覚で、
「ミサの前にドアをノックしますね~」
っていうメールを出したのですが、よくよく考えてみれば、前回お目にかかったのが4年前、私がロンドンのあのフラットに住んで、ちょくちょくFrパトリックとお会いしていたのは、16年も前のことでした。

それなのに、Frパトリックは、以前と全く変わらない親しさを持って、お茶に招いて下さり、暖炉の前で、子供たちに合わせてスターウォーズ話で盛り上がって、とっても愛しい時間を過ごしました。

Frパトリックと私たち夫婦の共通点は、同じ年ということと、アレック・ギネスのファンだということです。
アレック・ギネスとは、最初のスターウォーズでオビワン・ケンノビを演じた名優です。

アレック・ギネスはオラトリーに来ていた時期があり、Frパトリックは惜しくもすれ違ってしまったらしいのですが、先輩神父様から、色々漏れ聞いていらっしゃるエピソードが幾つかあるのです。

今回聞いたのは、アレック・ギネスが、スターウォーズに出演した際のエピソード。
アレック・ギネスは、ジョージ・ルーカスが資金難だとを知り、「ギャラは要らない。この映画の興行売り上げの1%(かもっと少ないかも)でもくれればいいよ。そしたらコスト抑えられるだろう」と気を遣ったらしいのです。この映画は売れないと思っていたらしい。そして、撮影中は、資金繰りに忙しいルーカスに代わって、監督業を殆どやってあげたそうです。
で、蓋を開けたらスターウォーズは大ヒットしました。
そこでルーカスは、アレック・ギネスに感謝の気持ちを込めて、約束の何倍ものパーセンテージをギャラとして渡したそうな。

アレックギネスの映画で、私が好きなのは、もちろん、これ。

その後、ロンドン在住の横浜時代のママ友、そしてANA時代の後輩とお茶を楽しみました。
クリスマス前から、どっぷりと2週間24時間、男子3名+雄猫マエストロに囲まれ、母、妻、家政婦、料理人、ツアーガイド、AirBnBの連絡役と様々な役どころを演じてきた私でしたが、このひと時は思いっきり、無責任発言ばかりの素の私に戻れ、ふーっと息抜きできました。Vive la 女友達、です。

この日はコーヒーとスコーンにしました。
アメリカンで、と頼んだのにトリプルエスプレッソだった!

滞在中は、一年ぶりにロンドン在住の義理の妹家族とも夜を一緒し、色々と本音トークができて義姉妹、新たなフェーズに入った感ありです。一緒に年を取りましょうね

パブでは美味しいビールを飲んだし、本格シェパーズパイも食べたし、子猿たちは横浜時代のご学友たちとスリープオーバーもしたし、ウィンザーにも、グリニッジにも行った!夫はシャツやらハンティング帽やら、ロンドンに来る度にオトコ買いするという伝統を繰り返したし、みんなそれぞれに満足して帰途に就きました。

そして、その翌日から新学期で子猿たちは平常運転に戻り、私は、少しお仕事。
今回三回目になる企業さんの展示会出展のお手伝いで、ご担当者や関係各位とも半年ごとにお目に掛かります。「お元気でしたか!」「元気そうではありませんか!」と再会を喜ぶ。
展示場では、他の出展社の方々とも顔なじみになっていて、「お元気でしたか、頑張りましょうね」のご挨拶が嬉しく。

サロン会場ではシャンパンが振る舞われますの。
おフランスでしょう?

このところ、しみじみ思うのは、ご縁とか、絆とか、細くとも繋いでいきたいな、ということ。学生時代のような濃い繋がりは出来なくとも、たとえ、フェースブックでたまに繋がるだけでもいい。
そんな縁でも、知り合えたことが嬉しく、時折元気な姿、頑張っている様子を聞くだけでも、何だかとってもポカポカするのです。
年ってことかしらね、これも。

年初なのに緑の田園風景
暖冬多雨のフランスなのです。

日本は雪が降ったり、寒い冬を迎えていると聞いています。皆さんどうぞご自愛くださいね!
では今年もどうぞ宜しくお願いいたします!
ドメストル美紀

2017年12月6日水曜日

50歳の孤独


先ほどの暗闇からようやく薄グレーの空となったベルサイユからお便りします。
日の出は8時半、日の入りは16時半過ぎですので、一日の2/3が暗闇のフランスです。
気温の方は、先週後半は一瞬雪が舞うほど冷え込みましたが、そのあと、また気温が戻り(?)、朝は1~3℃、日中は7~10℃。
これを意外と温かいと思ってしまう私は、激寒のフランスの冬と猛暑の日本の夏を繰り返している間に体内温度時時計がおかしくなってしまっているのかもしれません。

さて、先日も触れたように、この秋についに50代に突入しました。
長いこと親しんできたアラフォーという言葉をどんなに逆立ちしても使えない、アラフィフ、というよりはフィフティーどんぴしゃりです。

ちなにみアラフィフの次はアラカンっていうんですって。
最近の日本語は面白いですね。


先日の雪です。翌朝には消えてなくなっていました。
そして気づくと暦は最後の一枚、12月。
振り返ると、なんだかんだ厳しい一年でした。
明るいニュースはあまりなく、地道に頑張ったけれど、結果はまだ見えぬという一年の終わりを迎えています。

私に関しては、ひたすら書いた一年でした。外にも行かず、友人らとおしゃべりに耽ることもあまりせず、家事・育児も適当に、時間を惜しんで書きました。

そういう生活をしているからなのでしょうか、ふと気づくと、結構孤独だわ、と思うこの頃。
寂しいわ~、と嘆いているのではありません。
もしアラフォーが、人生が解り始める、新しい始まりの世代だとしたら、
50代は内省する世代なのだと思う。

大体、同世代の人と会う機会があまりありません。
みんなチャレンジしてきたことを形にするために今は正念場で忙しいのだと思う。
子育て組、子供にとって一つの正念場を迎えていてそのサポートで忙しそう。
仕事組も、ぐっと辛い時期、大変な時期なのでしょう。厳しい顔しています。

たまーに会う機会があると、とても内容の濃い近況報告になるか、
もしくは、今は人に語るというフェーズになく、言葉少ない物静かなお茶になる。
そういうときは、「ああ、彼女も色々考えているんだな」と感じ、心の中でガンバレ、ガンバレと語りかけます。なんか声に出して応援することも遠慮してしまうような真摯なものを感じるんです

50代は中年時代ラストの10年ですからね。
何とか実らせたい、やるだけやって自分を高めたい、と必死なんです。



また、自分より若い世代と会うと、少し前みたいに、一緒におしゃべり、というよりは、一歩引いて話を聞こう、という気持ちが強くなってきました。若い人の仲間に入れて貰ったなら、私がしゃべりまくるのではなく、聞く。そして若い人の元気さを楽しませて貰う、それでいいかな、って。

・・・・・・なんて老成したようなこと書いてきたけれど、一人が好きな一番大きな理由は、マエストロ、愛猫の存在かも! 
PCに向かって地味に文章を書き、時折、ストレッチがてら、誰かのベッドの上で寝ているマエストロを襲ってお腹に顔を埋め、その温かさにやすらぎを得て、またデスクに戻る。すると何だか元気が戻っているという。
人間の身勝手さで起こされるかわいそうなマエストロなのです。

また? 
さて、また作業に戻るとしますか!
皆様もどうぞよい年の瀬をお過ごし下さいませ。




2017年11月18日土曜日

フランスのここがキライ、学校教育編


秋まっ盛り、いかがお過ごしでしょうか。
こちらフランスは晩秋というより、初冬の二文字の方がフィットする朝を迎えています。

今日は久々に、「フランスのこういうとこ、キライ」シリーズ、教育編をいきたいと思います。
今、兄猿は12歳。日本だったら小6ですが、フランスでは中学2年生。チビ猿は10歳。早生まれですので、日本、フランス共に小5です。
ちなみにフランスでは小学校は5年制ですので、チビ猿も来年から中学生。時の流れの早いこと!
近くにある乗馬場、午後3時で夕焼けという・・・・・・
さて、学校。
9月に新学期が始まり12月下旬で、1学期が終了します。
新学期の一週間、キックオフはテストでした。これは生徒個人の出来と言うよりは、クラス全体の、今までの勉強の理解度を確認したいから、ということで、まあ理解した。

でも一事が万事とはこのこと。


その後もテストが多いこと!

フランス語は、毎週聞き取りのテストがあります。チビ猿は週三回。
他の教科も隔週くらいでテストがある。
その上、10月後半は秋休みに入る前に、中間テストの一週間もありました。
そうなると、「ねえ、いつ習っているの?」と聞きたくなる。

2週間前は午後4時でもこうだったのに・・・・・・
もう一つ気になっているのは、点数に拘る点。
フランスは20進法の国でテストも20点満点ですから、そこらかしこで「バカロレアは10点が足切りだけど」「13点はマズい、15,16は欲しい」とか、そういう話ばかり。
たった1,2点の違いで騒ぐのはあまりに悲しいから、200点満点制にしたら良いのに、と、論点を外したことを思ったりする母猿です。

逸れましたね、戻します。

中学になると、学校とのコミュニケーションに、オンラインシステムを導入していて、宿題など書き写しそびれていたら、そこで確認できるというのは文明の利器! 
なのですが、もちろんそれだけではなくて、テストの結果と、そのテストのクラス、学年の平均点、そしてそれに対する自分の位置が分かるようになっています。
これは私立だけでなく、公立校でも導入されていると聞いてます。

兄猿は、テストが返されると、家に帰って、まず自分の立ち位置を確認し、平均より上だとほっとして、たいして良くない点数でも堂々と見せてきます。
「何これ。何で得意科目でこれ?」
と問うと、
「でも、平均より上だよ、みんなできなかったんだよ」
と答える。
でもさ、そういう問題じゃないと思う。君は頑張ったのかい?本当に全力だしたの?できなかったところがあったことは悔しくないの? 誇りはどこにいったのよ!
と思うわけです、母猿としては。
ベルサイユ宮殿へ繋がる道。
街路樹の背の高さに、志も連動させようよ
この立ち位置確認システム、いいような悪いような、だと思う。
学年において、自分ができてる、できてない、ということを知るのは役に立つとは思う。できていないは特にそう。マズい!とお尻に火がつきますからね。

でも一方で、本当に役に立っているか、とも思う。

子供たちの頭の中は「点数」で一杯になります。
この年の子供たちには、学ぶ喜びで頭一杯にして欲しい、好奇心で頭一杯にしてほしい。

クラス、学年の平均よりもっと点数を採れた!と言って喜ぶ。

そんな小さな世界で競争心煽ってどうする。そんな小さな競争ばかりしていると疲れちゃうし、もっと大きな世界を見ずに終わっちゃう。

メソッドとは異なる道筋で答えを見いだしたのに、採点上はゼロとなる。

銀河の定義を一言一句暗記して書けという。銀河の定義って、何よ。未知のことだらけじゃないの?未知のことを考えさせないで、定義し、それでお終いって、好奇心をつぶしていない?
ワイルドに育ってもいいのよ
最近の、価値観ぶれまくりの世の中で、自分の良心をしっかり保持し、幸せになって欲しいのですが、良心も幸せも数字では計れないものだし、これでいいのか? と憂う母猿なのでした。